散骨のお手伝いが無事に終了

今日は地元、鵠沼のお客様の海洋散骨のお手伝いでした。
予報より早く雨が降り出し、雨脚が強くなってきたので、早めに出船を希望するか、中止を希望するか連絡したところ留守電話。
お客様に折り返しのお電話を頂いたときには、待ち合わせ場所に集合済み。
雨も弱まったので予定通り出船し、無事終了。
お天気は良くありませんでしたが、とても喜んで頂けました。
遺骨をご家族のご自宅へ訪問し粉状にする。また、当日の乗船サポート、船の操縦、散骨までのサポートを一貫してお客様と最後まで寄り添ってお手伝いをさせていただく。
だから喜んでいただけるのだと思います。

綾瀬市のお客様から

本日は、綾瀬市のお客様のお宅に訪問。
お客様は自宅で粉状にする作業を希望されました。
今回は、奥様のご遺骨の一部を近くの民間霊園へ。そして大半を横浜港から近い東京湾へ散骨する予定。
新規でお墓も建立し、散骨もするお客様は稀で、「何も考えてませんでした」とのことでした。
話によると霊園は、「藤沢・綾瀬ふれあいの杜」過去に霊園検索サイト墓地ナビドットコムで取り扱ったことのある霊園で、
調べによると、開園は平成17年10月。もう9年経過しています。特に大きい区画は空きが随分あるとのこと。
それはよくあることですが、計画通り完売でき安定した運営ができることを願います。

その足で某漁港へ。
今回、大型の船を散骨で使わせていただけるということで下見に。
最大搭乗人員43人!
お客様だけでも40人をお乗せすることができます。
漁船は散骨に向いていなという散骨業社がおりますが、私は一番安全だと思います。
臭いなども殆ど気になりません。個人的ですが、「漁船は散骨に向いていない」という散骨業者は疑った方がいいと思います。
本来、散骨のお手伝いは漁業従事者が行うべきだと思う所です。

サービスの内容はこれから詰めていく予定です。
不景気だから船底も1年に1回しかメンテナンスできないそうです。
漁業従事者の方々も燃料の高騰や不景気で頭を抱えているようです。
そんな、方々の力になれるサービスを展開できたらと思いました。

そして最後に、座間市へ。
委託での散骨で、ご遺骨を預かりに伺いました。
立ち上がることも儘ならない奥様。
船に乗ることは困難だと思われます。
責任をもってお見送りを代行させていただきます。

本日出船中止

本日の出船は中止。
最近、海の状況が悪く、延期になってしまうことが続いております。
前日に中止の連絡をお客様に致しました。急遽、船のメンテナンスに変更。
小傷やレーダアーチの水漏れを修繕。船内ではありませんが、ねじ穴から雨水が入りこんでいました。
11時頃までは風がなかったのですが、お昼には強風が吹き、海は時化ていました。
週末、穏やかになることを願います。

第1回「無料散骨終了」

IMG_1485初めての無料散骨が実施されました。
故人様のご家族一名を乗せ江ノ島沖へ。私の布施行はまだまだ続きそうだ。
散骨と言えば、石原裕次郎さん。1987年逝去され一部は湘南の海へ散骨されたという。
公に「散骨」という言葉を耳にしたのはこの頃なのだろうか。著名人の影響は大きいが、海への散骨はそれ以前にされていたと思う。
世界の葬送を見ると「水葬」がある。その名の通り遺体を火葬しないで海に流す葬送だ。現在の日本では死体遺棄罪となり罰せられるが、昔は一部の地域で水葬が行なわれていたそうだ。
例えば、出雲地方では子供や妊婦が亡くなった時は遺体を石棺に入れて宍道湖に沈めたそうだ。海外を見るとネパールやチベット、インドにも水葬がある。インドのヒンズー教徒は火葬後の遺灰をガンジス川に流す。幼児は火葬せず石などをくくり付け流すことがあるそうだ。火葬しない理由は、再び生を受けて欲しいという願いが込められている。

相模湾からの風景

4月に入り、本当に沢山のお問い合わせを頂いております。
心よりお礼申し上げます。
「当日、お天気が悪くなるのは仕方ないのですが、もし富士山が見えた場合どんな景色なのでしょうか?」
というお問い合わせを頂きました。
当社が撮影した実際の写真です。以下のように、とても奇麗に大きく見る事ができます。

散骨「想」撮影。富士山

こちらも当社が撮影した実際の写真。
逗子付近の国道134号線からです。富士山の下、やや右側に江ノ島が見えます。
散骨「想」撮影。サンセット

散骨のお手伝いで初出航

ニュー・マリンロータス号の航跡です。当社をご利用して頂いたお客様、なによりも故人様のおかげでより良いサービスをご提供できることを心より感謝申し上げます。

談志さん 2月上旬長女・弓子さんがハワイで散骨

昨年11月に亡くなった落語家立川談志さん(享年75)の遺骨が今月初旬にハワイの海にまかれたことが20日、分かった。追悼公演「落語立川流In平成中村座」が東京・浅草の平成中村座で行われ、弟子の立川志らく(48)が明かした。

散骨は談志さんが生前、家族に「骨を海にまいてほしい」と伝えていた。談志さんが大好きで、家族で訪れていたハワイを長女の弓子さんが1人で訪れ、ハナウマ湾や談志さんが勝手に「ダンシビーチ」と呼んでいたお気に入りの海岸など3カ所からまいたという。

志らくは「弓子さんは(遺骨は)全部だともったいないから一部だけと言っていた」と明かし、「持って行き方を相談されたが、結局、(3カ所分を)ビニール3つに小分けにされたので、覚せい剤みたいになった」と笑わせた。また、「(弓子さんから)面白かったから今度はみんなで行こうと誘われた」と話した。

追え悼公演は、平成中村座を主宰する中村勘三郎(56)が約25年前から親交があり、企画。02年の大阪公演では談志さんが特別企画として落語会を行った縁もある。

勘三郎は志らくのほか、立川談春(45)、立川生志(48)ら4人の弟子、放送作家高田文夫氏(63)と遺影の前で行った座談会に参加。「呼んでもいないのに公演を見に来たり、“四次元だった”と褒めてくれたけど、意味が分からなかったり…。座標軸ではないけれど、この人に褒められたらうれしいというような人だった」と故人をしのんだ。・・・「Yahoo!ニュース」続きを読む

美しい散骨葬

まだまだ、散骨について偏見を持つ方も少なくないと思います。
透明度が高い外洋の海ではお別れのとき、故人様は最後に感動を与えてくれます。

雪化粧

12月11日午前8時、H家散骨式。
晴れ、波1M多少うねり有り。
烏帽子岩付近からの富士山です。この時期は空気が乾燥しているせいか、非常に近く大きく見えます。
雪化粧をしてとても奇麗です。
故人様は生前、富士山と海が好きだったようです。
無事、散骨式も終えH家の皆様は非常に喜んでおられました。

夕暮れプライベート散骨はじめました。

平塚出航、相模湾 夕暮れプライベート散骨をはじめました。
当社で撮影した画像です。朝と夕方、海辺では無風状態が起こります。これを、朝凪、夕凪といいます。
日は沈み、やがて朝日となって昇るように、人もまた生まれ変わり、「命」という太陽を輝かせると信じたいものです。

江ノ島サンセット